うらゴリズム

発達障害当事者によるぁゃιぃ人工知能論

アイコン変更計画

先の記事で、ブログの文体を変えたいというお話をしましたが、他にも変えたい点があります。

それは、なもなのアイコン 。

 ↓こちらですね。

画像の端の方に目があり、そこからこちらを見ている様子。

 

これは、絵心のない私なりに 自閉症者のクセをシンプルに端的に表すことを目指してつくった画像でした。

 

自閉症をあらわす仕草としては「逆さバイバイ」が比較的広く知られているとおもいます。

www.enjoyparenting.info

ですが、私自身 逆さバイバイをして親などに指摘された記憶がありません。

また、自閉症のコミュニケーションの課題は、自分の視点と他者の視点が分離できたからすべて解決、といった明解なものではなく、もっと微か(だけれども重要)なもののように感じていました。

 

私にとって、それを象徴するのがこの視線だったのです。

2017年。自分の感覚を探検するのに凝っていた時期に偶然気づいたのですが、私はモノを見るとき、

その対象とまっすぐ向き合うよりも 左に5度程度首を回したときの方がしっかり向き合える

のです。

 

これはなぜなのか。

右脳と左脳のネットワークの問題かもしれないし、対象とまっすぐ向き合えない私のこころの論理構造が具現化したのかもしれません。

 

理由はわからないけれど、その状態をそのままアイコンに表現してみたわけです。

しかし、あらためてみると、このアイコン

なんだか感じ悪ぅ。

 

横目でひそひそ話されているような、嫌ーな気持ちが想起されます。

そうか。アイコンって 自分の象徴として繰り返し見られるものだから

自分が表現したいこと よりも

相手に不快感を抱かせないこと の方が大事なのかもしれない。

近頃はそう考えています。

 

新しいアイコンのアイデアはまだ固まっていないのですが、

アンビバレントな(相反する)感情をかすかに表すもの

・見る人が落ち着くようなやさしいタッチ

を心がけます。

 

メインブログの文体を変えたい

ブログを書く手が止まりがちなのは、自分らしくない文体で無理をしているから、居心地が悪いためかもしれない。

そんな考え(言い訳か)がふと浮かびました。

 

昨年 ブログを開設するにあたり、私はいくつかのサイトでブログ記事の書き方を学びました。

今思い返すと、それらはきっと「SEO対策をしてアフィリエイトで稼ぐ!」といった趣旨のものだったのでしょう。

まるでセミナー講師のような、よそいきなのにどこか馴れ馴れしい語り口を真似てみるものの、そうしてできた文章には愛着がわかないし、なにより気持ち悪い。

 

じゃあ、自分らしい記事というのはどんな文体をしているのか。

そのためにはまず自己分析が必要です。

 

・外見や外面は「癒し系」だが、時々ぽろっと辛辣なことを言うらしい

・書きたいことを簡潔にまとめるのが苦手

こんな私が 形式にのっとった堅苦しい文体を採用すると、辛辣さが目立つ割に要領を得ない、読みづらい記事になること間違いなし。

 

・小説などを読むのは苦手 ゆえに好みの書き手、好みの文体というものもない

だから、素敵女子がよく書いている ポエムのようなコラムのような あの文体も真似できない。

 

こんな風に検証をすすめていき、たどり着きそうなのが

「ひとりごと風 語り口調」

という結論。

 

記事の内容は おそらく今後も自分の体験と思考実験になると思われるので、いっそ脳内のおしゃべりを口調そのままで書き記してみたくなりました。

奇抜な仮説ばかりになったとしても、「〜だろうか」とひとりごつことで断定を避け、収まりが良くなりそうです。

それでも読み手のことは置いていっちゃいけない。照れ屋の私は「二人の自分が対話している」場面を想定することで、その点をクリアしようと考えています。

 

自分らしい文体を確立するには長い時がかかるでしょう。

それまではお見苦しいと思いますが、それも全部、私です。

とにかく書くしかない。

見守っていただけるとうれしいです。

 

 

 Kindleの読み放題で出会ったこの本を参考にしました。

好きなようにしてください

好きなようにしてください

 

2019年に力をいれたいこと

まだ12月半ばですが、忘年会と習い事が一通り終わったこともあり、余裕のあるうちに来年の抱負を宣言しておきます。

 

「大企業に入り損ねた氷河期世代」の一人として、アクションを起こす

2018年秋に突如わきあがったように見えた、いわゆる移民問題

それについてあれこれ考えるうちに、私の中の「自分は氷河期世代なんだ」という意識を再確認しました。

他者とわかりあえるタグとして「発達障害」しか持っていなかった私ですが、(発達障害者が多様化しすぎて内部分裂しかけている現状もあり)「氷河期世代」というタグも持っていたじゃん!むしろこれをつかっていこうや!という気づきがあったわけです。

トラウマはあるけれど、まだ続いている氷河期問題から目をそらすのはもう止めにしたい。

 

私自身は新卒での就職が叶わなかったクチですが、定型発達の優秀な同級生たちは20年後、きっと社会の中核となっているのだろうと安心していたところがあります。

しかし、2018年になっても、大企業では下記のような昭和的な論理を元にした経営戦略がまかり通っているらしい、とわかるニュースが今年は多々ありました。

 

「子どもの83%に新型栄養失調のリスク」を信じるな!

 

【平成家族】「一家だんらん中心のCMは幻想」、社内の声で気づいた担当者 これまでの食卓像、一新したイオン(朝日新聞デジタル) - Yahoo!ニュース

 

これらのニュースを見るに、氷河期を勝ち抜いた精鋭は、大企業の中で少数派として苦戦しているかもしれません。

 

では、私はどうするか。

今からそれらの企業に入社して、氷河期世代の(新しい)感性を企業に浸透させる。

これは無理ですね。

一人の生活者として、企業の問い合わせ窓口に率直なニーズを伝える。

これが私が実践しはじめたことです。

 

問い合わせへの対応で、その企業の風土がわかります。

情報の取扱いに関する法律を勉強して、素敵な企業の姿勢はブログなどで皆に伝えたいと夢見ています。

 

生涯投資家

生涯投資家

 

 投資で企業を変えるという手段もあることを、この本で知りました。

去年までの私なら気づけなかった。

本当に視野が広がった年でした。

 

「氷河期女子」という概念を明らかにする

そのまんま、「氷河期世代」かつ「女性」である人たちのことです。

私も氷河期女子の一人です。

「氷河期女子」、実はとても闇が深いのではないかと考えるようになりました。

なぜなら、私達氷河期女子は「キラキラ生きることへの強迫観念がすごい」から。

だから、政治や親世代が氷河期世代にしたことへ恨み言をいうことも少ない。

でも、社会の女性観が目まぐるしく変わる中、幸せをもとめてした努力が一番報われなかった層なのだと思うのです。

そして、就職氷河期のために幸せな女性像を自らアップデートできなかった世代でもある。

(競争なんてやめればいいのに、まだ競争してる)

 

そんな氷河期女子の呪いをとくために、その構造を明らかにしていきたいと思います。

(正直、共感を得られないどころか反感を買う予感でいっぱい……!)

 

ネットの議論は、氷河期女子の問題がわかってないために堂々巡りになっていると感じます。

 

以上

本当は 「年」という節目で強制的に総括したり目標を立てたりしなきゃならないようなこの空気、イヤです。笑

だからマイペースでやっていきますね。

 

お読みいただき、ありがとうございました!